秀808の平凡日誌

第11話 霞み

ルーナがいなくなってから、もう数十年の時が流れた。

 クロウはその後、長年世話をしてくれた父親の最後を見届け、

 その後を継ぎブルンネンシュティグ王立兵団の小隊長へと就任した。

 この話は、クロウが寿命で生き絶える少し前に起こった。

 小さな物語。



 『REDSTONE』の探索も時間がかかり、その影響で凶暴化し手におえなく

 なった怪物達に滅ぼされた町も出始めていた。

 最初に犠牲となったのは、鉱山町ハノブ。

 近くの鉄鉱山とミスリル鉱山から押し寄せてきた怪物達に対抗できず、

 そのまま廃町と化してしまった。

 いまでは怪物達は別の所へいってしまっているが、危険な場所であることには

 かわりはなかった。

 そこへ、クロウは向かっていた。数人の部下達を連れて。

 今ではクロウはかなりの高齢だった。ルーナが死んで、すでに51年も

 時がたっている。今は70歳と、立派なおじいさんだ。

 それでもクロウはまだ『REDSTONE』の探索を続けていた。

 生きている間に、色々なことをして、その間に起きた出来事を

 自分が死んだ時、ルーナに話してやりたいという気持ちからだった。

 ハノブへ行くのは、現国王からの命令であったが。

 

 ハノブについたクロウ達は、町の壊され様に改めて嗚咽をこぼした。

「ひどい有様だ・・・このままだと古都も危ないということでしょうね、クロウ隊長?」

「・・・あぁ、そういうことかな。」

 近くにいた部下のシーフが、淡々と告げた。

「今は、怪物の気配はありません。何か探索でもしておきますか?」

 クロウは少し「うーん」と唸ったあと、決めたように指示をだした。

「よし、どのぐらい壊されているか、それを調査する。確率はかなり低いが、

 もしかすると生存者がいるかもしれん」

 クロウの部下数人は「了解!」と言った後、シーフを除きそれぞれ探索を始めた。

(生存者か・・・いればいいけどな。目の前で人が死ぬのは、もういやだ。)

 などとクロウが気持ちをめぐらせていると、近くの古びた木箱から、ガサゴソと

 音がした。部下のシーフが反射的に、『トマホーク』を構える。

 そこへすかさずクロウは静止をかけた。

「待て、怪物と決まってはいない。木箱を取ればいいだけだ。」

 そういい、クロウが震える手で木箱を慎重に取り外した。

 中には、怪物ではなく、まだ生まれて間もないのか、赤ん坊がいた。

「・・・赤ん坊?」

 その赤ん坊は、元気が無いのか、ぐったりしている。

 だが、生きている者特有の暖かさは感じ取れた。

「よしよし・・・お腹でも減ってるのか?」
 
 クロウは赤ん坊を抱き上げながら、部下のシーフに聞いた。

「この子の容態は?」

「あ・・・多少衰弱してはおりますが、命に別状はありませんが・・・」

 そうか、と安心した態度で聞き流すと、再び赤ん坊の方を見るクロウ。

 ふと、ルーナが今も生きていたら、と思いを巡らさずにはいられなかった。

 生きていれば、こうやってルーナの産んだ赤ん坊を抱き上げていたのだろうか?

 2人で、不自由無く幸せに暮らせていたのだろうか?

 俺とルーナが育てた子供は、将来どうなっているんだろうか?、と・・・

「あの・・・クロウ隊長。その赤子、どうするんです?」

 そう聞かれて、クロウはある決心をした。

「・・・俺が預かる。それでいいな?」

 そう決心した。

「・・・わかりました。少し遠くですが、怪物達の気配が感じ取れます。今のうちに

 退却して、国王に報告しましょう。」

「ああ、わかった。各員、撤退準備をするように命令をしておいてくれ」

「了解!」

 部下の走っていく後ろ姿を見送りながら、クロウは思っていた。

 この子に今、名前をつけよう。

 ・・・ヴァン、これに決まりだ。

 ルーナが死ぬ少し前の夕食で、もし子供が出来たらどういう名前にしようか

 話していたときに、ルーナが言っていた名前だ。

 クロウが、赤子を自分で引き取った理由。

 昔のエンティングでの出来事・・・

 ルーナが死ぬときに感じたあの感触・・・

 そして悲しみ。

 それらをもう、味わいたくなかった。

 それに今、必死にがんばっている命を、ほうってはおけない

 もし、今死んでいるのが俺で、ルーナが俺だったとしても・・・

 ルーナはきっと、俺と同じ事をしただろう。

「・・・そうだろ?ルーナ・・・」

 クロウは、部下全員が集まるまでの少しの間、少し曇りがかった空を見つめながら、

 そうつぶやいた・・・

 


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